Public Figure, Private Life

酷評家、敵対者、意見を異にした仲間

当初から激しい非難とあざけりがメリー・ベーカー・エディとキリスト教科学に対して浴びせられた。彼女の教えは、宗教、医学、科学についての既存の考え方に挑戦するものであった。これらの社会や学界の人々のなかに、彼女とその教えをす早く公然と非難した人々がいた。特に注目すべきは、マーク・トウェーンであるが、何人かの作家たちは、事実を大いにゆがめた伝記、パロディを書き、彼女を徹底的に攻撃した。一方で、数人の牧師、医者、自然科学者たちは、彼女の教えとその効力を詳細に研究し、自分の職業を離れ、キリスト教科学運動に入り、卓越した働き手となった。

Woodbury

意見を異にした生徒たち。最もめんどうな敵対者は、離反していった者たちであった。彼らは彼女を運動の指導者の地位から引き降ろそうと、自分勝手な行動をとった。離反したグループは、何度か、予告なしに組織を離れた。何人かは新聞や雑誌で彼女に反発し、一般の人々が彼女やキリスト教科学に反対するようにし向けた。

ウッドベリー訴訟、1899年〜1901年。1899年6月に、エディ夫人は聖餐の日曜日に教会へ声明を送った。この声明の内容は、牧師が教会に伝えるようなものであった。いくつかの事柄について触れていたが、そのなかで、罪について、黙示録にある「バビロンの女」を引用して強い言葉で述べた。

以前生徒であったが離反したジョセフィン・C・ウッドベリーは、この言葉は自分を標的としたものであると主張した。1ヵ月後、彼女は名誉毀損訴訟をエディ夫人に対して起こした。弁護士、フレドリック・ピーボディがウッドベリーの弁護をした。彼は、自分の生涯の大きな部分を費やして、キリスト教科学とその指導者を攻撃し続けた。ピーボディは、記事を出版し、講演をし、エディ夫人に敵意を持つ伝記作家たちにゆがめられた見解や誤った情報を提供した。

この訴訟は、エディ夫人に極度の迫害と苦悩の時をもたらした。2年間にわたりウッドベリーは、新聞に働きかけ、エディ夫人に敵対する記事を掲載させた。しかし、終に、1901年、訴訟は裁判にかけられ、即決で、エディ夫人に有利な裁決が降りた。

Peabody

「近友」訴訟、1907。1907年3月に、以前ニューハンプシャー州の上院議員であった弁護士、ウィリアム・チャンドラーが、エディ夫人の息子およびメリー・ベーカー・グローバー(孫娘)やジョージ・W・ベーカー(甥)など「近友」と呼ばれる人々の弁護人として、訴訟を起こした。チャンドラーの法廷弁護士、フレドリック・ピーボディは、ウッドベリー夫人の弁護をした弁護士であった。

いわゆる「近友」訴訟の明確な目的は、85歳のエディ夫人は自分の日常生活や事業や収入をきちんと管理することが出来ないと主張することであった。原告は、彼女のスタフは彼女をあやつり、その財産を管理しようとしていると主張した。もし、この訴訟が成功していたなら、エディ夫人は自分の土地やスタフや活動について判断を下す権利を奪われ、効果的に、キリスト教科学運動の指導者としての地位に終止符が打たれ、彼女の教えの信用性は失われていたであろう。

この訴訟費用は当初は、ピュリツアー所有のNew York World(「ニューヨーク・ワールド紙」)が支払った。この新聞は、この6ヶ月前にエディ夫人は重病であり、事業の運営に適さず、彼女のスタフたちによって管理されていると主張する長い扇動的な記事を掲載した。

Newspaper

エディ夫人の適正能力を確認するために、チェインバリン判事は、判事、ニューハンプシャー州弁護士、および精神異常関係の専門医の3人で構成された委員会を任命した。双方の弁護士で成る裁判所が任命した委員会は、エディ夫人の自宅、プレザント・ビューで、エディ夫人と会見した。彼らは、彼女は自分で自分を管理する完全な適正能力があることを認めた。

原告側の弁護士は、どうしても勝つことができないことを認識し、5~6日後に、評決が下されるのを待たずに、訴訟を取り下げた。アメリカ中でそして海外でさえも非常に多くの新聞が、この訴訟は宗教的迫害以外の何ものでもないとして、訴訟の不当さを記事や社説で認め、メリー・ベーカー・エディの不屈の精神、優雅さ、優しさ、そして精神の鋭敏さを賞賛した。

Stetson

ステットソンの挑戦 。エディ夫人の生徒、オーガスタ・ステットソンは、ニューヨーク市第一科学者キリスト教会を設立する助けをした。1900年代の初めのほとんど10年間を費やして、彼女は、この支教会を築き上げ、それを基礎にして、自分がキリスト教科学運動の指導者として、エディ夫人の後継者になろうと企てていた。1909年の終わりの頃に、彼女は母教会の会員名簿から除名された。1910年のはじめまでに、エディ夫人の時機を得た介入により、教会組織を脅かしていた亀裂は癒された。

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